鹿児島地方裁判所 昭和23年(行)85号 判決
原告 表迫武雄 ほか一名
被告 鹿児島県農地委員会
一、主 文
被告が別紙目録記載の農地につき昭和二十三年裁決第七百十七号をもつてなした裁決はこれを取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、請求の趣旨
主文同旨
三、事 実
原告訴訟代理人はその請求の原因として主張した事実の要旨は、
訴外出水町農地委員会は、本村卯吉所有の別紙目録記載の農地につきこれを自作農創設特別措置法(以下法と略称する)第三條第一項第二号に該当する農地として買收計画を定め、これに基き政府は右農地を買收した。しかしてこれが賣り渡しについて、右農地委員会は訴外本村卯八に対し賣り渡す旨の計画を定めたので原告から異議の申立てをなした処、同委員会は棄却の決定をなし、更に被告に対し訴願を提起したが、被告は、昭和二十三年七月三十日裁決第七一七号を以て「右卯八は、昭和二十年十一月二十三日現在に於て本件農地につき耕作の業務を営む小作農であるからこれに賣渡したのは正当である」との理由で右訴願を棄却した。そもそも、右出水町農地委員会は昭和二十二年十月十九日同日現在の事実に基き本件農地を前記該当の農地として買收計画を定め、同計画について被告の承認を得たがその後、昭和二十三年六月二十二日右買收計画を取消すことなく單に買收の日を昭和二十年十一月二十三日と変更し同日現在の事実に基いて買收計画を定めたものとして前記のように同日現在の本件農地の耕作者である訴外本村卯八に賣り渡す旨の計画を定めた。しかし本件農地はもと、亡本村卯吉の所有に属し原告等は昭和二十年十月始頃訴外表迫松雄を介し右卯吉に対し農地の貸與方を申込み卯吉の承諾を得た上、同月二十五日右の中六畝二十五歩は原告表迫が、残部の八畝二十三歩は園畠に於て、賃借耕作することになり同年十二月初頃から麦作に着手し今日に至る迄原告等が耕作している。なお原告武雄は年齢三十二歳で復員軍人にして身体健全夫婦共に農業に專從し、牛一頭を有する外一切の農機具も完備していて、現在田二反三畝二十四歩、畑一反六畝二十九歩を小作しており、原告休次郎は年齢五十二歳で身体健全十人家族の專業農家でその稼働人員は四人で現在田六反九畝、畑一反六畝を自作し、田三反六畝、畑三反二畝を小作しておりいづれも自作農として農業に精進する見込のあるものである。これに反し訴外卯八は、昭和二十年十一月二十三日現在に於て本件農地につき耕作の業務を営む小作農ではないのみならず、年齢六十八歳で中風にかゝり労働力なく、家族は僅かに妻一人で同人も年齢五十六歳で牛馬も有せず、現在田二反六畝を自作し畑六畝二十九歩を小作しているが、これも荒廃勝であつて到底將來自作農として農業に精進する見込みがある者ということはできない。
原告は本件農地の買收時期は昭和二十二年十月十九日であると解するのでその賣り渡しの相手方は当時の耕作者であつて、且前記のように自作農として農業に精進する見込のある原告等でなければならないと主張する仮に前記買收計画が昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基づいて定められ、これに依り政府が右農地を買收したとしても、同日現在の右農地の小作人は原告等両名であつて、且原告等は前記のように自作農として農業に精進する見込のある者であるから法第十六條により原告等に賣り渡されるべきである。然るに同農地委員会は、前記のように二重に農地の買收計画を定め、結局昭和二十年十一月二十三日現在に於て訴外本村卯八が当時の本件農地の小作農であり、且自作農として農業に精進する見込のある者と認め賣り渡し計画を定め、これに対し原告が爲した異議の申立を却下し、更に被告に対する原告の訴願を棄却し前示裁決を爲したのは違法であるからその取消しを求める爲に本訴請求に及ぶと陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、
答弁として陳述するところの要旨は、
訴外出水町農地委員会が本訴農地に付いて、原告主張のような賣り渡し計画を定めたこと、右につき原告のなした訴願に対し被告において棄却の裁決を爲した事実はこれを認める。しかし本件農地の買收が現在買收であるとの点、及び昭和二十年十一月二十三日現在の本件農地の小作人が原告両名であるとの点はいづれもこれを爭う。元來本件農地は右本村卯八が約三十八年前その父本村軍右衞門から借り受けて耕作し、同人死亡後、本村卯吉の所有となつてからも從前同様耕作を続け、昭和二十年十二月中甘藷及び粟の收穫を爲した際、右卯吉は卯八に対し昭和二十年十二月五日本件農地の賃貸借契約を解除する旨通告し、その後卯八の意に反し同地を取り上げ、昭和二十年十二月中原告等が主張するように同人等をして麦の播種を爲さしめ以來同人等に耕作させているのである。
しかして出水町農地委員会は、本件農地を法施行令第四十五條、法附則第二項に則り昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買收計画を定むるを相当であると認め同日現在において右が卯吉の所有で前示卯八の耕作する小作地で法第三條第一項第二号該当農地として昭和二十二年十月十九日買收計画を定め、縱覧に供したところ法定の期間内に異議の申立がなかつたので被告は同年十二月二日右買收計画を承認し買收令書を発した。そこで右出水町農地委員会は本件買收農地を賣渡すにつき、昭和二十三年三月三十日右買收時期の小作農である前示卯八に賣り渡す旨の計画を定めたのであるよつてこれに対してなされた原告等の異議申立を却下しこれに対する訴願につき同年七月三十日被告はこれを棄却する旨の裁決を爲したものでその間毫も違法の点は存在しない、と述べた。(立証省略)
四、理 由
訴外出水町農地委員会が昭和二十二年十月十九日本村卯吉所有の別紙目録記載の農地を法第三條第一項第二号該当農地とし買收計画を定め政府が右買收計画にもとづき右農地を買收したこと同委員会が昭和二十三年三月三十日右買收農地を訴外本村卯八に対し賣り渡す旨の計画を定め、右計画に対し原告から異議の申立があり却下されたので被告に訴願を提起したところ、被告は昭和二十三年七月三十日裁決第七百十七号を以てこれを棄却したことはいづれも当事者間に爭のないところである。
原告は本件買收は現在買收であると主張し、被告は遡及買收であると主張するので先づこの点について檢討するに証人尾久安志、同野間口進の各証言を綜合すれば訴外出水町農地委員会は、初め昭和二十二年十月十九日同日現在の事実に基づいて本件農地の買收計画を定めその旨公告し、且公告の日から十日間当該書類を縱覧に供したところ、異議の申立、訴願の提起もなかつたので被告は同年十二月二日右買收計画を承認した事実を認めることができるしたがつて右買收計画は同日確定したものといはなければならない。しかして前記証人の証言によれば訴外出水町農地委員会は、右買收農地の賣り渡し計画を定め、右を縱覧に供したところ、これに対し本村卯八から異議の申立があつたので同農地委員会としては急挙買收の時期を同二十年十一月二十三日と変更した事実が明らかであり被告の全立証によるも到底本件農地の買收計画が当初から遡及買收として定められたとの事実はこれを認めることができない。被告の主張せんとするところは右買收時期の変更すなわち行政処分の一部変更により本件買收が遡及買收に変更せられたというにあるようであるが本件では前認定のように唯昭和二十年十一月二十三日現在の小作農である本村卯八から異議の申立があり同人に対し賣り渡し計画を定めんとして、前に確定した買收計画の日時を昭和二十年十一月二十三日と変更したに過ぎないものである。そもそも買收計画において買收の時期が何時であるかはその農地が買收さるべき農地であるかその所有者が何人であるかその賣渡の相手方を何人にするかを決する事項でありそれが買收計画において最も重要なる部分をしむることは論なきところであるから行政行爲の一部取消によつてこれを変更することはできないものであり買收時期を変更せんとする場合にはすべからくさきの買收計画を取消し新たに買收計画を定むべきものであるといわねばならない。しかるに本件において訴外出水町農地委員会が先きの買收計画を取消し新に昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き右農地の買收計画を定めこれを一般に公告し、法定期間内の縱覧に供した事実これにつき被告の承認を受けた事実については何等これを認むるに足る証拠なく、却つて前示各証拠に照らせば單に買收の日時を訂正したに過ぎないものであることが明かであるから本件農地が遡及買收計画により買收されたものであるとは到底これを認定することができない。
以上のように本件農地は現在買收により買收されたものであるからこれが賣渡は法第十六條、同法施行令第十七條(改正前)によりその買收の日である昭和二十二年十二月二日当該農地につき耕作の業務を営んでいた小作農を相手方として定められなければならない。よつて何人が同日現在の本件農地につき耕作の業務を営んでいた小作農であるかにつき判断するに証人本村シズヱ同本村周助の各証言によれば本村卯八と同卯吉間の本件農地の賃貸借は昭和二十年十月初め頃合意の上解約された事実を認むることができる。右認定に反する本村ケサギクの証言は当裁判所の措信しないところである。次に証人表迫松雄、同堀之内卯太郎同本村シズヱ同本村周助の各証言及び原告両名の本人訊問の結果を綜合すれば原告等は昭和二十年十月末頃本件農地をその所有者である本村卯吉から小作料一ケ年五円(もつとも荒廃地は無料)の約束で賃借し、昭和二十年麦作から本件農地の耕作を始めそれ以來三年間すなわち右卯八の妻ケサギクにおいて本件農地を原告等から取上げて耕作するときまで耕作していた事実が明らかである。したがつて昭和二十二年十二月二日現在本件農地につき耕作の業務を営んでいた小作農は原告両名であるといわねばならない。しかして原告等本人訊問の結果によれば原告武雄は年齢三十八歳で身体健全子供四人を有し夫婦共に農業に專從し農機具も完備し、現在田二反三畝二十四歩、畑六畝二十九歩を耕作しており原告休次郎は年齢五十三歳身体強健專業農家で妻母子供等合せて十人家族稼働人員四名を擁し現に田六反九畝畑一反六畝を自作し他に田三反六畝、畑三反一畝を小作しておることを認めることができるので共に將來自作農として精進する見込のあるものといわねばならない。したがつて訴外出水町農地委員会としては本件農地は原告等に賣渡すよう計画を定めなければならない、なおかりに改正後の自作農創設特別措置法施行令第十七條第一号但書にしたがつたとしても証人本村ケサギクの証言により認められる本件農地の昭和二十年十一月二十三日現在の小作農本村卯八は昭和二十年三月十一日以來中風で同人の妻は齢すでに五十七歳農業は主として当二十二歳の養子においてこれをなし牛馬も所有せず現に田二反一畝、畑六畝二十九歩を耕作している事実に徴するときは到底本村卯八を將來自作農として農業に精進する見込があるものとは認めえない。それで現行の自作農創設特別措置法施行令第十七條第一項但書を適用しても本件農地は本村卯八に賣り渡されるべき筋合のものではない。
しからば出水町農地委員会が本件農地を本村卯八に賣渡すべき旨の計画を定めたのはいづれの点よりしても違法であり、從つて右を適法であるとしてこれに対する原告等の異議の申立を却下し、右についての原告等の訴願を理由のないものとして棄却した被告の裁決は違法たるを免れない。よつてこれが取り消しを求める原告等の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一條、民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿島重夫 中池利男 原清)
(目録省略)